よなよな名古曽蛭子神社へ (164)

名古曽蛭子神社 写真 夜 Photo

えべっさん行こうと思っていたら夜になってしまいました。

2019年1月11日(金)

こんにちは、東洋医学ライフを提案する橋本市の隠れ家鍼灸院こと蓬庵の和田です。

10日の日に夜な夜な自宅近くの名古曽蛭子神社におまいりしてきました。

えべっさん

えべっさんって?

商売繁盛の神様として「えべっさん」と呼ばれ親しまれていますが、他の地域ではそうでもないようです。七福神にも入っている恵比寿天(えびすてん)としても知られています。

毎年、関西を中心に「えべっさん(十日戎ともよばれる)」は、例大祭が1月9日、10日、11日で、それぞれが宵戎(よいえびす)、本戎(ほんえびす)、残り福とよばれ賑わいます。

大阪の今宮戎神社、兵庫県の西宮神社が有名です。笹の縁起物を授けて頂け初穂料が上げるほど豪華な米俵や大判の小判がついてきます。

どんな神様?

蛭子恵比寿といった漢字があてられますが、実はルーツが諸説あります。

蛭子と書く由縁からいいますと、蛭子(ヒルコ)『古事記』にでてくる神様です。国産みの際にイザナギとイザナミとの間に生まれた最初の子ですが、不具の子に生まれたため船で流され神としてはカウントされません。

『日本書紀』では3歳になっても足腰が立たず歩くことができなかったためと記載されています。

現代風にいえばはじめての子どもが未熟児か障害があったので、船で流してしまったいうことになります。ちょっと不幸なはなしですが、神話では第一子が不完全というのはよくあるそうです。

その蛭子がたどり着いたのは現在の兵庫県西宮(諸説ある)といわれます。そして大事に育てられ航海・漁業の神「えびす神」としてまつられることになります。

また沿岸の地域では、異国のものや生き物の死体などの漂着物を「えびす神」として信仰するところも多かったそうで、室町時代には「ヒルコ」「えびす神」が同一視されるようになったようです。

また、漁業の神、商売の神として事代主神(ことしろぬし)が信仰されることから、少彦名命(すくなひこなのみこと)も船でやってきたとされることから「えびす神」と同一視されます。

伏見稲荷大社の記事でも書きましたが、本当に日本はなんでも神様を同一視してミックスしていきます。

そして「えびす神」は七福神の神様として広く親しまれるようになっていきます。

主祭神

事代主命ルーツ

今宮戎神社→天照皇大神、事代主命、外三神(須佐之男尊、月読尊、椎日女尊)

蛭子ルーツ

西宮神社→えびす大神(西宮大神・蛭児命)、天照大御神、大国主大神、須佐之男大神

西宮神社より勧請、蛭子ルーツ?、でも主祭神は事代主命?

名古曽蛭子神社→事代主命、誉田別命、市杵島姫命

なので細かい話をしていけば違う神様になりますが、現代では「えびす様」っとしてどの神様も定着しているのであまり気にする必要はないかと思います。

えべっさんのご利益は?

福徳の神様と言われるように、無病息災、家内安全、商売繁盛、開運、漁業繁栄です。

商売繁盛の神様なので「鍼灸師が行くのがどうか?」という意見も同業者の中にもありますが、福徳の神様なのでそんなに気にする必要はないと個人的には思います。

院内の見えるところに商売繁盛と書かれた縁起ものは不快に感じる方もいるかもしれないので、縁起物をおくならみえないバックヤードに(笑)

名古曽蛭子神社(なごそえびすじんじゃ)

私の自宅の近くにも名古曽蛭子神社があります。

西宮神社より勧請し祀られたようです。仏師が彫った御神体だそうで、御神像には梵字が彫られているという言い伝えがあるとホームページに記載されていました。

22時頃に行ったら神社は貸し切り状態で、露天やテントの片付けをしている人がいるだけでした。

名古曽蛭子神社 写真 夜 Phot名古曽蛭子神社 写真 夜 Phot

夜の提灯の写真が撮りたくて、人気が少なくなった頃に行く予定が遅くなってしまいました。カメラを取りに帰る遅くなるのでスマホで撮影です。

商売はしてなかったのですが、自宅に先代からのえべっさんの神棚があるので毎年お参りをして笹を授かりにいきます。

名古曽蛭子神社 写真 夜 Phot名古曽蛭子神社 写真 夜 Phot

患者様をはじめ、皆々様の健康と福徳を祈願してきました。

もう少し遅かったら電気も消されるような雰囲気でした。昔は残り福までやっていましたが、いつからか2日間で終わりになってしまいました。9日ならまだ22時でも賑やかだったかもしれませんね。

鯛焼きのPhoto 写真

私は間に合いませんでしたが、家族が笹を授かりに行ったときに買ってきてくれてあった鯛焼きです(^^)